アッシジの丘の上

聖フランチェスコが亡くなったのはね、ここではなくてアッシジの駅の向こう側に見えるサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会なんだよ。と聖堂の前の広場で別れた祭服の男性から教えられた。

目の前の聖堂の下にはフランチェスコが祀られていて、そこへ降りるとさっきまでの光あふれたミサの光景や28面のフレスコ画のある輝かしい空間とは全く違い、粗野で、暗い、重々しい場所だった。祈るための人がひしめき合い、柩の前でひざまずき、頭を付け、泣きじゃくる人もいて、その余りの人間の生々しい感情の前に僕は立ち尽くしてしまった。
ミサの後の穏やかな握手や抱擁も宗教的側面であるし、祈りを捧げる内側の、人間の血液の中を走る細かな物質の中に、この生々しさが含まれているのではないかと思う。

『アッシジの聖フランチェスコ』の2回目のびわ湖公演も無事に終わり、残すは後1公演である。メシアンは鳥類学者と自分を称するほど鳥たちを愛し、また訪れる国々で多くの鳴き声を採譜したという。オペラの冒頭から鳥の鳴き声で幕が開き、第2幕第6景では鳥たちの鳴き声に溢れ、その声の愛の中でフランチェスコは立っている。
あの時、僕はアッシジの丘で鳥の声を聞いた記憶がないのだけれど、オーケストラの音に包まれると聖堂の前の開けた景色から見えたサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会のクーポラと、岩肌の白と木々の緑を感じ、メシアンがオペラの中に見せた景色が多重露光の写真の様になる。
15年前の記憶は実はもう跡形もなくて、ただの僕のこの公演に寄せる空想なのかもしれないと思いつつ、誰もいない、小さな教会に無造作に置いてあった『小鳥に説教をする聖フランチェスコ』のポストカードをアルバムから出した。

願わくばもう一度彼の地に立って、今受けている音をもう一度頭に蘇らせてみたいなとも思っている。

eiichiro
テノール歌手の宮本英一郎です。 演奏活動を通して、たくさんのことを皆様と共感出来たらと思っております。 演奏会のご依頼等ありましたらコメントからご連絡くださいませ。メール環境が整いましたら移行いたします。

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