2026−27シーズン開幕

クラシック音楽界は9月から新しいシーズンが開幕します。私的開幕の演目はファビオ・ルイーズィ指揮、NHK交響楽団とのフランツ・シュミット《7つの封印の書》(1938)で、新国立劇場合唱団の一員として出演しました。

確か2023年の、同じくN響定期2000回記念で演奏候補曲のいくつかの中に入っていて、こんな曲があるんだなと題名だけは覚えていました。その時はファン投票で《千人の交響曲》になり、指揮は同じくマエストロ・ルイーズィでした。マエストロとしてはシュミットはここで選ばれなかったとしてもいつかはやりたいと思っていたそうです。

N響がマエストロとこの曲を取り上げる大きな理由、それはこのシーズンがオーケストラ創立100年という記念であることはとても大きいでしょう。そして世界中の指揮者の中で1番この曲を振っているであろう彼にとってもこの曲は“やはり”特別な曲であることは様々なインタヴューを読むことで知れると思います。オーケストラにとって、もちろん僕達合唱団にとっても貴重で記念碑となるような演奏会になったことでしょう。

この後、NHK交響楽団とマエストロは100年を記念する演奏会としてベートーヴェンやマーラー《交響曲第2番 復活》プッチーニ《トスカ》(演奏会形式)と続きます。どれも見逃せない内容で、しかも歌ものが贅沢!というのが歌手として嬉しい限りです。

さてさて、シュミットのこのオラトリオは、夏にオランダで演奏活動をしている友人に会った時、「シュミットやるの?こないだやったけど結構大変だよ!」と箴言ならぬ忠告があったのを軽く受け止めていました。稽古前の譜読みが進まない、稽古に入ってもできていく手応えがない。今まで歌ったことのある宗教曲のありとあらゆるフーガ形式(一つの主題を複数の声部が追いかけて重ねて演奏される形式)の中で1番長く感じる×3、難しい×3、あと何かあった気がするけど・・・ゆっくり言葉を読んで、だんだん速くして、ゆっくり歌って、だんだん速くして、短く区切って練習して、繋いで長くして、それをまたゆっくりから〜と、当たり前のことではありますが基礎的な練習を自分でこなしていってというのをこなしていきました。良いふうに書きましたが、これが実りを見たのは本当に直前で、それまではいくらこなしても形にならない日が続きました。こんな個人的なヨワネはプロの世界では何の足しにもならないので、合唱指揮の冨平さんからの「皆さん、プロなんで、よろしく」という言葉を頑張りの小さな火種にするしかなかったです。

オラトリオという形式は宗教的な題材を元にした声楽を伴う楽曲で、ミサ曲との大きな違いは典礼文を持たず、かなり自由な形式を持って描かれれているところにあると思います。宗教曲の中でも劇性が強いジャンルなので、カンタータともまた違って、またオペラとの違いはその題材と衣装や装置を伴わず、舞台化はされないというところだけなのでしょうか。《7つの封印の書》は《ヨハネの黙示録》を題材に取り、聖ヨハネスが証言者となり、天の声があり、4人のソリスト、合唱、オーケストラとオルガンが登場人物、情景を描いていく。聖ヨハネスを歌ったミヒャエル・ラウレンツはオーケストラとの合わせからこの演奏会の行き先を明確に照らしていて、広いNHKホールに言葉の鮮やかな花を咲かせるように表現豊かな歌唱で、そのトーンは最初から2日目の演奏が終わるまで煌めいていたことに驚かされました。ベルリン交響楽団の元トランペット主席奏者というキャリアがあるからでしょうか、オーケストラの音色を常に自分の中に取り入れているようにも伺えました。我々合唱団も彼から与えられるものはとても多かったと思います。

終演してから、たくさんの感想、楽曲の考察があり、すごい勉強して聴いてくださってるんだなぁとびっくりしていますが、ルイーズィさんは「私は指揮者なので音楽で表現するしかできない」とインタヴューでおっしゃていたそうで、演奏しても残る靄が少し開けた気がします。マエストロにだいぶ寄りかかってはいますけど。

写真はNHK交響楽団Facebookより

大作ながらドイツでは定期的に取り上げられる曲なんだそうです。20世紀に入っての曲ではありますが、録音なども多いです。日本では2009年にアルミンク指揮、新日本フィル、栗友会で演奏されて以来で、その前を辿っても10年以上前になる、これはかなり貴重な機会と思いきや、なんと一週間違いで、東京交響楽団が新音楽監督のロレンツォ・ヴィオッティと東響コーラスが演奏するという、何という偶然なのでしょう。そんな稀有な機会ともあって両方聴くであろう人が多くいらっしゃるようです。演奏家にとっても聴衆にとっても、素晴らしい演奏会になりますことを心より願っております。

作曲者の声

ジョン・アダムズの作品を作曲家自身の指揮で歌う日が自分にやってくるなんて思いもしなかった。

指揮:ジョン・アダムズ

演奏:東京都交響楽団

新国立劇場合唱団(合唱指揮*/副指揮**:冨平恭平)

ジョン・アダムズナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック(1999)

チャールズ・アイヴス:答えのない時間(1930-35)**

ジョン・アダムズ:ハルモニウム(1980)*

千人の交響曲(2月)、春の交響曲(3月)、四季(4月)と、演奏団体問わずにいうと今年は間を置かずにご一緒している東京都交響楽団の定期演奏会でした。若い頃からの音楽仲間と会えるのもこういう仕事の楽しみでもあります。ありがたい。

ジョン・アダムズ氏の名前は、僕にとっては”積極的に上演される舞台作品のアメリカ人作曲家”としてある名前だが、アメリカを代表するのはもちろん、ジャンルを超えた現代を代表する作曲家の1人であることは間違いないでしょう。いつか直にその音楽、舞台を観ることができたらなぁと夢の一つとしてあったけど、冒頭にも書きましたが、こんな日が来るとはね。長くやってみるものですね。

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東京春音楽祭2026

今年も幸運な事に東京春音楽祭に参加しておりました。

前身の東京のオペラの森(2005-2008)から東京文化会館を中心に2か月に渡って開催される春の音楽のお祭り。東京春音楽祭として装い新たに、より音楽に深くフォーカスした数々のプログラムを楽しむ事ができる音楽祭です。(ここで過去のプログラムが見られます) 僕は2006年からとびとびでありますが演奏側として参加して、また聴く側としても毎年の多彩なプログラムを楽しんでいます。

今年は大きな分岐点として、東京文化会館の大改修による3年の閉館があります。そして2014年からワーグナー《リング》をから始まり、このシリーズの大きな存在であるマレク・ヤノフスキ氏が”春祭”最後の指揮台への登壇。

昔の話をすると、ワーグナーの《リング》が始まると合唱団の出番は4作目の《第三夜》までないので、ここで集まるのはいつになるかね、なんて話をしていましたが、序夜を聴いた代表から、すごい公演になるから次会う時は気合い入れましょう、と檄があったのを思い出します。

いざ《第三夜》が訪れると、あの壮絶な金管群によるファンファーレ?から巻き起こるカオスの中、決して大きく振りかぶることのないスタイルから音を構築していく姿、どんな大音響の中からでも聴こえてくるマエストロから発せられる低く響く声に衝撃を受けました。その時の事は鮮明に覚えていて、合唱団の声が足りなかった時に、指揮する指を上向きに寄せながら「More!」と強力に声を発するかと思いきや、満足すると少しのほほ笑み。あまりに大変なんで、こちらは苦笑いしか出ませんでした。。。

東京春音楽祭では11演目という(コロナ禍を挟んでいるのに)多くの、しかもほぼ全てがとても大きなプログラムという音楽祭の大きな幹としてあったマエストロ・ヤノフスキ。今年は群を抜いて大編成である《グレの歌》を指揮し、「私はもう年をとって、、、」と答えたインタビューはただ数字の話で、気のせいなのでは?とさえ思います。ワーグナー・シリーズだったりコンサートプログラムにしても2回本番がありますが、この《グレ》は1回のみ。演奏時間やとてつもない大編成ゆえに難しいこともたくさんあったかと思いますが、この演奏会が実現し、そしてまた素晴らしいものとなった事は春祭においても、日本の演奏史にとっても残っていくものだったのではないでしょうか。これはいつの時でも感じますが、その場所に自分が演奏していたというのはとても幸運であったと思う日々でした。ここに集まったすべての演奏者と、携わった多くの方々、シェーンベルクの作品に感謝です。

東京文化会館が、再び良き音楽が集まる場所としてその扉が早くに開かれ、音の記憶を収めていくことを願っています。

2026-1

2026年の最初の仕事は、読売日本交響楽団との演奏会でした。

プフィッツナー《ドイツ精神について》/ Pfitzner《von deutscher Seele》

大好きな指揮者、セバステイアン・ヴァイグレと演奏ができるという事に胸が高鳴りました。日本のオーケストラの首席指揮者でいてくれてありがとうございます。僕はオペラでご一緒した事がありましたが、演奏会のプログラムでは初めてで、しかも日本で初めて演奏されるこの曲、というのがまた記憶に深く残るものでした。

日本初演、というのはそれまで機会のなかったという事で、今までに見れば録音は何種類か出ていて、どれも良いものでした。作曲者の生きた時代と政治的姿勢故なのか、恐ろしく難しいソリストのアンサンブル故なのか、これまで日本で演奏されなかった事が不思議なくらい、素晴らしい曲でした。その響きは体勢に利用されてしまう、とか想起させるようなものがあるのでしょうか。読響のプログラムに寄せた長木誠司氏の言葉を借りれば、「プフィッツナーにとっての「ドイツ精神」とは本来政治的なものではなく、ときに瞑想的で、ときに高揚し、厳粛で、甘美なほどに力強く、英雄的なものに過ぎなかったが、時代はそれを危ぶむことも、称揚することもできたのである。」

「評価が定まらない」というものに作曲者自身が態度を表明できるほど時間が許されたわけでないようだし、純真なロマン的讃美が体勢に好まれた態度と離れていたとしても、どうしても受け入れられない、音楽的でない評価がそこには存在するのだろう。

日本においてもきっとそのように音楽的価値から遠ざけられた作品が多くあるのかもしれない。それらを発掘し、演奏に純化していくのは演奏家の仕事だし、間違ったアピールをしてはいけないのもまた今を生きる演奏家の仕事であるのだと思う。クラシック音楽は“利用”されるほど多くの人に浸透した文化なのか、そこに疑念は抱かずとも、いち演奏家としては毅然としていなくてはいけない。以前、◯響にもっと政府寄りの仕事をするべきと言った政治家がいたけれど、素晴らしい集団の今を見ればそれを、寄せつけない音楽的な高みというのは音楽家のあるべき姿なのだと思っています。

さて、僕の2026年はどのような音楽が待っているのでしょうか。とても楽しみです。

学生の時以来の演奏の機会となる曲が4月までで2曲もあります。(僕の学生時代はなんとゆたかだったのだろう!)新しいものを見つけられるように、新しい勉強をしていきたいし、1人の人間として精進して舞台に臨みたいです。

《第九》について

12月の後半は、読売日本交響楽団のベートーヴェン交響曲第9番の演奏会シリーズに新国立劇場合唱団の一員として参加しました。

同じ曲を同じオーケストラ、指揮者、ソリストで7公演というのは僕は初めて演奏しました。今年は久しぶりに4楽章の途中から入場。ある指揮者が、初演された頃にはこういう”演出”もやっていたという話をしていましたが、本当なのかな?

大阪のフェスティバルホールでの公演もありました

僕の古い話になりますが、プロのオーケストラの演奏会(学外で)に初めて参加したのは大学3年生で、その時のオーケストラが読響でした。大学の室内合唱というクラスが主体で、ハイドンのオラトリオ《四季》。指揮者のジェフリー・テイトの姿も、ソリスト達の素晴らしい演奏も鮮烈でした。オーケストラの重厚な響きに、心も身体も大きく揺さぶられた記憶は今でも肌に残っています。

10年くらい前までは学生の合唱と在京オーケストラとの共演はどこも積極的にあったと思いますが、《第九》の演奏会や定期公演などで学生がプロと演奏する機会はずいぶん減ってしまったのではないでしょうか。学生の数が少なくなったのは大きな要因だと思いますが、大学連合みたいな形で、多くの若い人が良い演奏を経験するということがあればいいだろうなと思います。

そう、今回は第九の話でした。

今回の指揮者はマキシム・パスカル。僕は《金閣寺》以来6年ぶりです。とても印象深い人だったので、今回またご一緒できて良かった。20世紀の音楽をあんなにも軽々と演奏してみせる人が、いわゆるオーケストラの古典作品をどのように指揮するのか興味があったし、読響とはこの曲を歌ったことがなかったので、とても良い機会でした。

11月のミサ・ソレムニスを演奏したことは前の記事で書きました。ベートーヴェンの最後の作品としても知られている《第九》は、《ミサ・ソレムニス》が初めて演奏された次の年、1824年に一緒に演奏されました。作曲期間は別として、同時期に初演された2つの作品を、あまり時間を置かずに演奏した事はとても有意義でした。《ミサ・ソレムニス》では山田和樹さんの意図でオーケストラ練習から合唱が参加して音楽を作ることができたし、《第九》では初日のみ第1楽章から舞台にいられたので、マエストロ・パスカルとオーケストラが作りたかったものを多く感じられました。

公演をいくつか終えた後に、SNSで見つけた藤沢市民文化会館での《第九》についての園田隆一郎さんのインタヴューをとても興味深く読みました。

演奏というのは、得てして”そうであろうとする”ことに向かっていくことがあると感じることがあります。演奏するある作品について言えば、そうであろうとする。一見、創造的な演奏という行為も、繰り返すことでたわみが出るというか、都合の良いところに収まろうとする。それはとても自然なことかもしれなくて、いわゆる演奏者の”味”と済まされる事もあるのではないか。

うーん、言葉にするのがなかなかうまくいきません。

もしまたこの曲を演奏することができるなら、作曲者の音の言葉を改めて読み解いて、演奏することに向かっていけたらと思います。