クラシック音楽界は9月から新しいシーズンが開幕します。私的開幕の演目はファビオ・ルイーズィ指揮、NHK交響楽団とのフランツ・シュミット《7つの封印の書》(1938)で、新国立劇場合唱団の一員として出演しました。
確か2023年の、同じくN響定期2000回記念で演奏候補曲のいくつかの中に入っていて、こんな曲があるんだなと題名だけは覚えていました。その時はファン投票で《千人の交響曲》になり、指揮は同じくマエストロ・ルイーズィでした。マエストロとしてはシュミットはここで選ばれなかったとしてもいつかはやりたいと思っていたそうです。
N響がマエストロとこの曲を取り上げる大きな理由、それはこのシーズンがオーケストラ創立100年という記念であることはとても大きいでしょう。そして世界中の指揮者の中で1番この曲を振っているであろう彼にとってもこの曲は“やはり”特別な曲であることは様々なインタヴューを読むことで知れると思います。オーケストラにとって、もちろん僕達合唱団にとっても貴重で記念碑となるような演奏会になったことでしょう。
この後、NHK交響楽団とマエストロは100年を記念する演奏会としてベートーヴェンやマーラー《交響曲第2番 復活》とプッチーニ《トスカ》(演奏会形式)と続きます。どれも見逃せない内容で、しかも歌ものが贅沢!というのが歌手として嬉しい限りです。
さてさて、シュミットのこのオラトリオは、夏にオランダで演奏活動をしている友人に会った時、「シュミットやるの?こないだやったけど結構大変だよ!」と箴言ならぬ忠告があったのを軽く受け止めていました。稽古前の譜読みが進まない、稽古に入ってもできていく手応えがない。今まで歌ったことのある宗教曲のありとあらゆるフーガ形式(一つの主題を複数の声部が追いかけて重ねて演奏される形式)の中で1番長く感じる×3、難しい×3、あと何かあった気がするけど・・・ゆっくり言葉を読んで、だんだん速くして、ゆっくり歌って、だんだん速くして、短く区切って練習して、繋いで長くして、それをまたゆっくりから〜と、当たり前のことではありますが基礎的な練習を自分でこなしていってというのをこなしていきました。良いふうに書きましたが、これが実りを見たのは本当に直前で、それまではいくらこなしても形にならない日が続きました。こんな個人的なヨワネはプロの世界では何の足しにもならないので、合唱指揮の冨平さんからの「皆さん、プロなんで、よろしく」という言葉を頑張りの小さな火種にするしかなかったです。
オラトリオという形式は宗教的な題材を元にした声楽を伴う楽曲で、ミサ曲との大きな違いは典礼文を持たず、かなり自由な形式を持って描かれれているところにあると思います。宗教曲の中でも劇性が強いジャンルなので、カンタータともまた違って、またオペラとの違いはその題材と衣装や装置を伴わず、舞台化はされないというところだけなのでしょうか。《7つの封印の書》は《ヨハネの黙示録》を題材に取り、聖ヨハネスが証言者となり、天の声があり、4人のソリスト、合唱、オーケストラとオルガンが登場人物、情景を描いていく。聖ヨハネスを歌ったミヒャエル・ラウレンツはオーケストラとの合わせからこの演奏会の行き先を明確に照らしていて、広いNHKホールに言葉の鮮やかな花を咲かせるように表現豊かな歌唱で、そのトーンは最初から2日目の演奏が終わるまで煌めいていたことに驚かされました。ベルリン交響楽団の元トランペット主席奏者というキャリアがあるからでしょうか、オーケストラの音色を常に自分の中に取り入れているようにも伺えました。我々合唱団も彼から与えられるものはとても多かったと思います。
終演してから、たくさんの感想、楽曲の考察があり、すごい勉強して聴いてくださってるんだなぁとびっくりしていますが、ルイーズィさんは「私は指揮者なので音楽で表現するしかできない」とインタヴューでおっしゃていたそうで、演奏しても残る靄が少し開けた気がします。マエストロにだいぶ寄りかかってはいますけど。

大作ながらドイツでは定期的に取り上げられる曲なんだそうです。20世紀に入っての曲ではありますが、録音なども多いです。日本では2009年にアルミンク指揮、新日本フィル、栗友会で演奏されて以来で、その前を辿っても10年以上前になる、これはかなり貴重な機会と思いきや、なんと一週間違いで、東京交響楽団が新音楽監督のロレンツォ・ヴィオッティと東響コーラスが演奏するという、何という偶然なのでしょう。そんな稀有な機会ともあって両方聴くであろう人が多くいらっしゃるようです。演奏家にとっても聴衆にとっても、素晴らしい演奏会になりますことを心より願っております。






