夏をめぐる

去年の夏、母方の祖母が亡くなった。
離れた所に住んでいたという一応の理由をつけてみるが、亡くなる年の春に家族で会いに行ったのが最後だった。祖母は自分の子供以外、席を外した順にあの人は誰か?と聞く以外はゆっくりでも歩き、楽しく食べたり喋ったりしていたので、きっと家族の楽しい思い出を思い巡らし、長らく離れていた祖父にかれこれ話しているに違いない。

一周忌を終え、僕の記憶のうちの祖父母の背景である家に一泊し、その足で父方の祖父母のお墓へ参った。墓守りでもある叔父やいとこに会うのも久し振りで、その内のひとりは15年は経つだろう再会だった。祖父母がいる、ここへ来るのは初めてで、小高い場所にあって夏のきつい日差しを和らげる風があり、清々しく気持ち良かった。

子どもの頃、夏が来ると父母の田舎へ行くことがうれしかった。
土地のおいしいものが食べられたり、いとこ達を相手に遊んだり、久し振りの景色の中で冒険をしたり、これらは今でも宝物でこれからも汚れることのない思い出である。
もうひとつ、思い出として残っているのが自分の親の姿だ。いつもは、当然のことながら僕から見れば親としてあるわけだが、自分の実家で、親の前で、兄弟の前でいる姿はやはりいつも見る姿と違っていて、柔らかで、子供の頃の様子が少しでも残っているのだろうかと想像した。
それらの記憶と、この夏の二つの家族を眺めた事が何故だかシンクロして不思議な気分がする。昔見た景色に、今の景色をコラージュするように、そしてそれは僕の場合、亡くなった祖父母が核となって輪を重ねて厚く大きくなり、数多の記憶の星々が作る小宇宙なのだ。

そんな幸せな思いを巡らせたものだから、夏の夜空にきっと輝いている星々は、たくさんの人の小宇宙が連なっているその姿に思える。

eiichiro
テノール歌手の宮本英一郎です。 演奏活動を通して、たくさんのことを皆様と共感出来たらと思っております。 演奏会のご依頼等ありましたらコメントからご連絡くださいませ。メール環境が整いましたら移行いたします。

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