Rondine al nido

今年は桜をずいぶん長く楽しめたこともあって
4月に入っても肌寒い日があったように思う。
太陽の光が桜を散らすようにして暖かくなり
青い空と同じように晴れ晴れしく思っていると
クィルルル
小さなのどを鳴らして気持ちよく空を駆け抜けたのは燕だった。
ずいぶん早い気がしたけれど
清々しいその滑空を見るのはとても気持ちが良かった。

5月に入って、季節を間違えた暑さで燕の姿が消えた。
こんなこともあるのか、と寂しく思っていたのだけれど
このところの‟例年並み”の気温で再び燕の声を聴いた。
あの鳴き声は、まだ向こうは涼しかったからさ、なんて風に聞こえてくる。

燕(rondine)を伊和辞典で引くとgiacca a coda di rondine(燕尾服)
nido di rondine(燕の巣)が出てくるしuna rondine no fa primavera
(燕が一羽来たからといって春になったとは言えない;一事をもって早合点するな)
ということわざまで出てくる。
春の訪れのシンボルとして扱われ、東京と比べると1カ月半ほど早いのか
彼らがやってくるのは3月の末くらいなのだそうだ。
なるほど、忘れな草《Non ti scordar di me》で出てくる歌詞では
「燕がいなくなったのに太陽がない僕の故郷は寒い」
(太陽=恋人、愛する人がいなくて僕はとてもつらい)と言っている。

再びあの小さなかわいらしい鳴き声を聞いて、作っておいた巣にまた帰ってきたのか、
と思っていたら、ふとある曲が頭の中に流れた。
Rondine al nido「巣に戻る燕」
Vincenzo de Crescenzoが作曲して、たくさんの人が歌っている曲であるし、
僕もいつか歌ってみたな、と思っていて叶えられないでいる歌の一つだ。
これもまた寂しい曲で、
「燕は古い塔の下にアーモンドの花を開かせるために山や海を越えて帰ってくるのに
あなたは帰ってこない」
と嘆くのだ。
爽やかな、夏の始まりの少し前、きらきらと新しい緑があふれるこの時期に
まぁそんな曲ばっかりで、僕はイタリアの歌が大好きなのである。

eiichiro
テノール歌手の宮本英一郎です。 演奏活動を通して、たくさんのことを皆様と共感出来たらと思っております。 演奏会のご依頼等ありましたらコメントからご連絡くださいませ。メール環境が整いましたら移行いたします。

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