年が明けてだったか、浅草にある老舗の洋菓子と喫茶の店、アンヂェラスが今年の3月17日に閉店すると言う知らせを聞いて驚いた。
初めて訪れたのに感じる懐かしさと、アンヂェラスというお店の名前がついた、黒または白のチョコレートをまとったバタークリームのケーキや、今風の、激しく飾り立てた洋菓子とは別世界の、一目で幼少の頃の温かい物語を思い立たせる風貌のケーキが列ぶショーケースは永遠だと思っていた。僕は古い客ではないけれど、ただ何の根拠もなしに信じていた。
昭和21年創業、というのだから戦後間も無く、今からは想像し難い世界だっただろう。その最中に、太い木骨組と白壁でまるで飾られたような外観と、贅沢に吹き抜けを持つ3階の建物は、だからこそなのか、それ自身の老朽化というのが閉店の理由だそうだ。
閉店の知らせを知って急いで訪れたのは3月初旬で、昼を迎えようとする、ケーキや喫茶を楽しむにはまだ早い時でさえ既に長蛇の列だった。平日にも関わらず、お店をぐるりと囲むように並び、30分ほど並んだだろうか、それでも今日は良い方だと整列を呼びかける係りの人は言っていた。
お店にはもう限られたケーキしかなかったけれど、僕は大好きなモンブランと、妻は初めて注文するプリン・ア・ラ・モードと、アンヂェラスは追加で注文した。帰りに買って帰る予定だったが、1時ごろだったか、早々売り切れてしまったので贅沢だったかなと思った胸をなでおろした。
僕たちが通い始めた10年ほど前には、やっぱり浅草だよね、と思わせる男性が働いていた。やっぱり、というのは独特な声と姿と表現するには難しい絶妙な接客なのだが、他に伝わらなくてもただそう言っておきたい人だった。
今はその娘さんだと絶対に信じている人が働いていて、常連と思しき人との会話する声が耳に入るや否や、ここで聞く最後の声に、妻は笑みと涙で忙しくなり僕もついでに涙目になった。
職業病なのか、声や音というのは感情と素早く結びついてしまう。いけないね、と2人でまた笑ったり泣いたり繰り返す。店内を眺めたり、写真を撮ったり、もちろんお茶を楽しんでアンヂェラスを満喫したのだが、長くいてしまうとどんどん寂しくなるものだ。
僕にとっては浅草とアンヂェラスは同じ歴史だから、その片方が失くなってしまうというのはもう片方の存在も無くなるようなもので、早く僕の浅草の片割れを見つけなくてはいけない。