Tannhäuser終演

とても久し振りにブログを書きます。
更新せず10ヶ月ほど経つでしょうか、僕はまぁやっとここまで来たな、という感じです。やっと舞台を一つ終えました。

二期会にとって22年ぶりの公演となる《タンホイザー》(Tannhäuser)2/17,18,20,21の公演に合唱で出演していました。1月に発表された緊急事態宣言下での上演に1年前を思い返す日も多かったです。社会的に許容されるか分かりませんが、皆マスクを着用、日々その場での検温、できるだけ向かい合わない、お互いの間隔を余計に取る演出に変更し、また稽古場、舞台裏、楽屋でも同じ様な生活をし、全員のPCR検査を一度行い、その上にできる事と言ったらそれでも上演をしないという選択だったのではないでしょうか。

外国の人達は未だ入国が叶わない人が多く、演出補のドロテア・キルシュバウムDorothea Kirschbaumもその一人で、日本側が用意した多角的に捉えるための多くのカメラによって演出効果の状況を見ながら上演するためのたくさんの変更を施す。もちろん音楽的な問題をクリアしながら最初は本当にゆっくりでしたが音楽に傾ける時間がある事はこんなにも愛おしいものかと感じられました。

当初決まっていた指揮者のアクセル・コーバーAxel Coberは残念ながら来日できず、読売日本交響楽団の昨年末の第九、同楽団の一月定期公演を振っていたセバスティアン・ヴァイグレSebastian Weigleがこのタンホイザーのために日本に残ってくれた。彼はヴァーグナー作品上演の象徴、バイロイト音楽祭でも多く指揮しているし、日本では東京・春・音楽祭の《ニュルンベルクのマイスタージンガー》や二期会の《薔薇の騎士》《サロメ》を指揮している。これはこの状況で生じた幸運で、マエストロは公演にわずかに降り注ぐ光を広く煌めくものにしてくれた。彼と合唱団にとっての最初のリハーサルは深く心に残っています。


Covid-19が収束しきれない中で、音楽家は音楽をすることが仕事である、とかこれは文化であるのだから止まってはいけない、そこにあり続けなければならないという理由はどこにあるのだろう。
公演に参加するまではわからないことばかりで、音楽家がどこまでエゴを振りかざしたらそれ以外の社会が振り返ってくれるのだろう、と思っていた時期もありました。これらは完全に自己否定なのでしょうが、僕はこの批判精神を持ち続けてしばらく歩くことになると思います。それは僕にとって音楽とか存在とか認識とかに対する問いと同じ事なのでしょうがないことだと諦める事と認める事としたいです。
ただ、こういった一つ一つの公演が無事にできるということは(もちろん多くの人の力によって)必ず社会に還元されるはずです。活動が停止している多くの演奏家たち、歌を愛する人たちに音楽を取り戻してもらうためにプロフェッショナルで活動している人々はその使命があるのではないのか、と大袈裟に振る舞ってみます。今はそのくらい許してもらえないかな。どうでしょう。

この公演に携わったすべての人に、たくさんの仲間に、劇場まで来てくれた聴衆ひとりひとりに感謝です。

そして最後になりましたがもしあなたが生きていたら仕事が一緒に出来たかもしれません。僕は忘れない為に歌っていたいと思います。





















タンホイザーは大学3年生の時に初めて関わった大きな舞台でした。
先述の様に二期会の公演で、合唱は二期会合唱団、二期会オペラスタジオ研修生に加えて男声合唱で10数名、学生から加わった。合唱指揮の三澤洋史さんが大学の授業を持っていたというのが縁でしたが、出来てまだ1年ほどの新国立劇場を大胆に使った演出は学生には特別だった。
とんでもなくたくさんの人が舞台上にいたのは遠い記憶だ。同じ演目で今回はこの人数でやるのか、と1人で不安に感じていたけれど、稽古場に立つとなるほど、そもそも舞台上にはそんなにも人が上がれないし、演奏会形式なんて持ってのほか、今はオーケストラだって全員が舞台に上がれないのだもの。

eiichiro
テノール歌手の宮本英一郎です。 演奏活動を通して、たくさんのことを皆様と共感出来たらと思っております。 演奏会のご依頼等ありましたらコメントからご連絡くださいませ。メール環境が整いましたら移行いたします。

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